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豊島で棚田で稲作コンセプト

瀬戸内国際芸術祭の開催に合わせて棚田を復活しよう!

 
 
瀬戸内国際芸術祭の開催があるのだが棚田が荒れ放題となっている何とか再現出来ないだろうか?。
 
 以前から豊島の児島さんと交流のある木村さんから問いかけがありました。じゃあ一度、田んぼを見てみようということで豊島へ向かいました。

 豊島は初めての訪問で産廃の島という汚いイメージがありました。
 
 児島さんのお宅に訪問者一同が集まり、児島さんの自己紹介で晴敏と言います。晴敏で晴れ晴れとして敏捷ないい名前と紹介があったと記憶しています。天真爛漫な70歳過ぎとは思えない大きな体とおやじギャグの連発ですっかり児島さんのファンになりました。

 児島さんの奥さんが作ってくれた米粉のシホンケーキを食べながら豊島の産廃撤去に向けて県庁での立ちんぼの話や、弁護士の中坊さんの話をお聞きし,豊島の人達が産廃といかに戦ったかに聞き入りました。

 豊島は、読んで字のごとし、とても湧水が多く豊かな島です。それは、壇山の頂上にあるスタジイの自然林を大切に守り育てているため、島でありながら唐櫃の集落にはどんな渇水の時にも変わらず清水がこんこんと流れ出ているのです。(福島 正信さんは、スタジイの自然林を見て手を合わせたそうです・・・)

 棚田を見せていただきました。荒れ放題で草とクズと木が一面を覆っていました。(何じゃこりゃ)
 
 瀬戸内国際芸術祭が開催され、世界中から人々が訪れるのに、自分達で少しでも棚田を復元しよう。田んぼの中に古代米の赤色を入れてアートを作ろう・・・話はまとまりました。


大変だった、水利組合の代表の方達との話し合い


 
水利組合の代表の方達との話し合いに木村さん一人で参加してもらい、田尾さんと私は、児島さんに海岸で晩酌のおかずの魚を投網で取ってもらっていました、魚はたくさん取れて帰って一杯やろうと思っている所に木村さんから携帯電話がかかってきました。全然話が通じない水利権の話の言葉も良く分からない。すぐに来てほしい・・・

 恐る恐る行ってみると、10人くらいの水利組合の方がおられ、なんでわざわざ高松から来て田んぼを作るんだ! 我々でさえ大変な作業だから放棄地になっている。あんたらの気持ちが分からん・・・
 
 それに棚田に水を入れて耕作し、台風などの災害時に田んぼを見にくることが出来ん。大水で棚田の畔が崩れたたら下の田んぼが次々に崩れる。 地元の水利組合の人のにお願いして常時見てもらわないと大切な水を使わせない。

 水利組合の人の言っている通りである。以前から木村さんが知り合いになっていた水利組合の曽我さんにお願いし、やっと了承を得ることが出来田んぼを作ることとなりました。

苦しかった棚田の復活

 真夏の暑い中、ノコギリで木を伐り草刈り機で草刈りです。木や草にクズがからまり悪戦苦闘の連続でした。草刈り機3台で8月の終わりから9月にかけての草刈り作業でした。

 草刈りの次は、田んぼに残っている、クズ、チガヤ、木の根などの取り除きです。ツルハシやスコップで一つずつ掘り起こしていきました。

 掘り起こした根を乾かして、集めて、次にトラクターで耕転です。私の知り合いの方の使っていないトラクターを島に持ち込み少しずつ耕して行きました。

 田んぼの面積は、3枚合わせて10a程で、小さな面積ですが、手間をかけた量は10倍の面積にも匹敵します。
 
 昼は、妻が作ってくれたおにぎり弁当で、唐櫃の泉の下にある眺めの良いログハウスの休憩所でビールを飲み、おかずを交換し合いながらの楽しいひと時でした。


豊島への通農について

 
 豊島へは、クルーザー(高松から1時間30分)で風を受けながら女木島、男木島の横を通り大型の船が航行する航路を抜け豊島の北側の港に到着、港から軽トラックで田んぼに行き草刈り作業です。
 
 クルーザーは、風向きによってスピードが出ないので、航路を横切るとき、遥か彼方の大型汽船でもすぐに近くに来て横切って過ぎ去ってしまいます。

 作業が無く遊びの遊覧であればそれで良いのですが、農作業が待っているので気が焦ります。また、帰りは秋の頃になると15時頃には出港しなければならず作業時間があまり取れませんでした。

 今は、田尾さんが退職金で購入した船で、高松から40分程で到着です スピードが速いので快適な上に、豊島での作業時間が取れて最高です。

たんぼからの景観について

 
 棚田は、島の北の方向に向かって広がっています。青い海、その向こうに犬島、岡山が見通せます。東には、小豆島がすぐ近くに見えます。海には遊漁船やフェリーなどが行き交います。

 私達が耕しているたんぼは、山の中腹よりやや下に位置し、見上げる棚田と下に広がる棚田と海を眺めながらの農作業です。
何とも言えない爽快感を味わいながらの非日常を味わうひと時です。
 
 東に目を向けると、棚田の向こうに豊島美術館が遥か向こうに白い丸い屋根を見せます。実は豊島美術館からの眺めの中に豊島の棚田の風景を取り入れる構想から棚田の再生が始まったのです。
 

農作業をしていると話しかけてくれるようになりました

 
 
農作業中、通りかかりの農家の人達と稲の出来とか、作り方について自然と会話が弾むようになりました。豊島の人達は遠くから稲作に通ってくる変人達の作る稲作と人間に興味を持ってくれていました。

 豊島に通い始めて5年目、4回の稲作を実施し、耕起、草刈り、田植え、除草、稲刈り、通水前の水路の草刈りなど何度も通う内に豊島に人達の暖かい人柄に触れるとともに、美しい景観の中で農作業が出来、また、稲作の過程で共に働いた仲間と豊島の人達と心を通わせることが出来たことなど、豊島に通って良かったと思っています。

 特に、行くたびに児島さん所でお世話になり、何度も泊めて頂いたり、私達をいつも歓迎してくれることが長く続いている原因と思っています。
 曽我さんには常に水の管理をして頂いて大変有難いです。

 田尾さんは、木村さんの突然の病気の後、引きついで農作業を中心となってみんなを引っ張っていただいてとても有難いです。
 
 今後ともみなさんよろしくお願いします。

 豊島での稲作は「アーキペラゴ」、意味は、「群島」「多島海」です。ホームページ「アーキペラゴ」 中の「棚田プロジェクトに」に掲載されいます。



  


 

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